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cradleの独り言

都内の某大学文学部に通う虚弱学生が綴るアングラな雑記。

伝統文化概論2(第3講)

老子』→「自然」を初めて哲学用語として使用。不老不死&政治思想の要素で河上口注がついている。

老子司馬遷の『史記』では老耼(ろうたん)=耼長老

   『論語』では老彭(ろうほう)=彭長老 

荀子』→戦国中期に成立、『老子』批判

湖北省から出土した最古の『老子』→戦国中期〜後期

(cf.)現在の中国は土砂の堆積で発掘が珍しく、中心地から外れた墓などで発掘されている。盗掘や偽物の流通もある。

(cf.)藤枝晃(京大)「敦煌文書は流通しているものはほとんど偽物」

 

老子』25章

有あり混成す。

天地に先んじて生ず。

寂(じゃく)として廖(りょう)たり。(cf)兮(けい)→南方の置き字(cf.)楚辞

独立して改めず。

周行して殆(あや)うからず。

以って天下の母と為るべし。(cf.)谷神死せず。母=谷神=玄牝(げんびん)牝=谷

吾其の名を知らず。

之に字(あざな)して道と曰ふ。(cf.)本当の「道」は名前を持たない。

大は逝(せい)と曰ひ、逝は遠と曰ひ、遠は反と曰ひ、故に道大なり。

天は大なり、地は大なり、王も亦た大なり。

域中に四大有り。

而して王其の一に居るなり。

人は地に法(のッと)る。

地は天に法る。

天は道に法る。

道は自然に法る。

 

老子』→俗世を離れる、また政治政策は放任主義を取る

     個人を政治より優先、良い政治には無為の二刀流

黄老思想→戦国期〜、but儒教に追いやられる

仏教黄老思想に近いものとして受容された

自然の「自」→鼻の象形文字(cf.)第2講

自然の「然」→偶「然」、必「然」

→本来森や木や草を指す言葉ではない

 

呂氏春秋』→呂不韋(秦の始皇帝パトロン(or父親)、大商人)の著作

春気至れば則ち草木産す。

秋気至れば則ち草木落す。

産と落と之を使せしむるもの或(あ)り。

自然に非ざるなり。

春気と秋気が草木に働きかけている→自然はそのもの自体の中に作為を含むのであって、外部からの影響としての作為はない

 

道家

→なぜ人は苦しむのか?

→有(世の中のしがらみ)への執着、自分の意識の持ちようで世界は有にも無にもなる

 

荀子

→作為派

性悪説を唱えるが、これはキリスト教の原罪とは全く異なる(性悪説の本質は、人間は外部の影響を受けて向上するということ)、また性悪説は性悪篇でしか触れられていない。王政篇で「善悪」を定義している。

 

孔子春秋時代老子孔子孟子の間(100年)、荀子孟子の50年後

孟子性善説荀子性悪説は本質は同じ

 

韓非子

→人間不信からスタート。「親が子供に無償の愛を与えるのは嘘」「子供は女なら殺し、男なら農村の労働力として養育」など。道徳ではなく法で規制。王は個性を見せてはいけない∵必ず他者によって利用されてしまうから。王は無であるべき。

(cf.)刑名参同→情をかけず刑を執行する。刑=形

 

宋代以後

老荘無為自然。道徳を否定。「大道廃れて仁義有り」「小国寡民」など。

    (cf.)「老荘」という言葉は前漢武帝期の淮南王劉安の著『淮南子』が初出。

儒教→作為派から自然派へ方向転換。有為自然。

 

荘子』(漢代52篇、六朝33篇)

→自然=天、作為=人。「天は内、人は外」。牛の鼻に輪、馬の背に羈(おもがい)を否定。生まれながらの姿をよしとする。『老子』要素もある。個人を政治より優先。

→『荘子』は戦国中期〜前漢前期までに書かれた。最古のものは『老子』と同時期?

 

楊時→北宋儒者荘子批判。「牛の背に羈、馬の鼻に輪ではなく、牛の鼻に輪、馬の背に羈(おもがい)とするのが正しい。これを有為自然と呼ぶのだ」