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cradleの独り言

都内の某大学文学部に通う虚弱学生が綴るアングラな雑記。

伝統文化概論2(第4講)

作為=人=外

自然=天=内

(cf.)「人」「天」は荘子の主張。「天」は殷代までは「大きい」という意味の形容詞だったが、周代から今の「天」の意味になった。

 

老荘、道家→無為自然

儒家→有為自然

 

楊時(楊亀山、亀山先生)(北宋期〜南宋期の儒家

→「馬首に絡め、牛鼻に穿つ」=無為自然批判

 

儒教

→究極の社会統治は無為(『論語』無為而治者)。舜を理想とする(舜の徳によりあらゆるものが調和していた時代が理想)。最初は有為、最終的に無為を目指す。

 

礼記』礼運篇

→中国の近代化において、これに基づいて儒教を再解釈する動きもあった。この篇の内容は、世界において全てが平等で一体化された「大同」という状態を目指すというもの。漢の思想にも見られる。

康有為

→近代中国最大の思想家。社会進化論を唱える。戊戌の変法に関わる。伊藤博文が保護。『礼記』礼運篇を受けて『大同書』を著す。

公羊学派

→康有為と同時期に『春秋公羊伝』に基づいた思想を展開。世界は未来に理想郷を用意しているはずであると主張。

康有為と公羊学派の思想が結びつき、未来には「大同」があるとされた。

「大同」

→緯度経度を元にした平等な国家。男女平等。結婚は1年ごとに契約。生まれた子供はみんなのもの。職業差別なし。

(cf.)西洋(ヨーロッパ)との共通性

西洋でも(オルテガが予見した現代の大衆社会の通りに)、

〜近世「古代中世に生まれたかった。ギリシアローマに生まれたかった」

近世〜「未来の方がより暮らしやすい生活が待っている」

となっていた。

 

十八史略』(元の曽先之の著)

→「鼓腹撃壌」(「腹鼓をして地面を叩いて笑う」の意)

優れた皇帝が統治する国では、人々がごく自然に生き、皇帝の力が及んでいないと感じさせるほどである。

 

(cf.)第3講

黄老思想

前漢武帝期までは無為自然の政治思想として盛んだったが、以降儒教に押され宗教思想にとどまった。後漢仏教と結びつく。 

韓非子→喩老篇、解老篇で老子の政治要素の影響あり。

孟子孔子の死後100年で誕生。性善説。王道、覇道の「王覇論」を展開。

荀子孟子の生まれた50年後誕生。孟子批判。

 

孟子荀子の違い

孟子→人の「心の官」を「性」とする。仁義礼智。儒教的な道徳論。

荀子→人の「耳目の官」を「性」とする。後天的な学習(礼楽)・環境の整備。

   人間は合群し、共通認識を持つ。「名」の体系を覚えることで共通認識の理解が

   進む。(cf.)大共名、大別名

   キリスト教(原罪)、韓非子(法家)に比べ人間の可能性を信じている。

   「偽(い)」→人べん+為で人為を表す。

 

孔子墨子→仁義についての理論あり

老子孟子

老子孟子の「仁義」を批判。「仁義」のない、非道徳的=自然な社会が理想

荀子老子

荀子老子の「無為自然」を批判。人間はそのままではなく、人為があって初めて成り立っている。

(cf.)津田左右吉(早稲田)→孟子老子荀子の思想的潮流を主張but老子は50年しかないことになり、やや苦しい主張。

 

法相宗→五性各別、唯識思想(心だけは存在する)、人間は完璧ではない(性悪説)。

如来蔵系→あらゆる人が仏と同じ心を持つ(性善説)。

 

仏教→誰でも仏になれる(悉皆成仏、悉有仏性)

道教→誰でも神仙になれる

儒教→誰でも聖人になれる(孟子由来だが、孟子はそこまでは言っておらず、堯舜禹はあくまで人だったとする。より強調したのが朱子学南宋陽明学(明朝)。)

 

陽明学と同時期にヨーロッパでは宗教改革が起こり、プロテスタントは隆盛を見せていた。そこでカトリックは、イグナティウス・ロヨラらを中心として、アジア・アフリカへの布教を進めた。イスラム教はすでに中国で漢文を通して浸透していたので、中国でのキリスト教布教は漢文を用いてなされた。

 

プロテスタント→基督教

カトリック→天主教

イスラム教→清真教、回教

 

ヨーロッパと中国の有と無の概念の違い

ヨーロッパ→「無からの創造」何もないところから「神」が世界を作った。「神」は今も超越的に宇宙に関わっている。

中国→宇宙の最初は混沌として均質な世界であり、自然と世界は天と地に分かれ、そこから万物が生まれた→創造主=「神」は不要

マテオ・リッチ「中国人は本当の無を理解していない」