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cradleの独り言

都内の某大学文学部に通う虚弱学生が綴るアングラな雑記。

伝統文化概論2(第5講)

「儒」→春秋戦国では「儒学」(主に中国で使用)「儒教」(主に日本で使用)は見られず。「儒」の一文字のみ。

 

「釈老」→儒家仏教道教を批判する際に用いる。「釈」=「仏」「老」=「道」

 

日本の「自然」→現状肯定的。手を加えない状態を日本人は期待する傾向。

中国の「自然」→現状否定的。

 

→手を加えてできる=作為的∵植物は生長するため一定の形を保つのが難しい。また人間は心理的にそのままの本当の「自然」には耐えられないため、加工することを強いられる。

(cf.)原色の緑色の服はあまり売られていないのも、緑色が自然を連想させ人を不安にするため。

(cf.)ヨーロッパの庭園は、大陸風庭園(幾何学模様)(ex.)ヴェルサイユ宮殿、イギリス風庭園(自然を生かした形)の2種類がある。

 

山水画

→中国の山水画は、ただ自然を書いているのではなく、人の手が加えられている。

形似→写生。ありのままを描く。あまり望ましくない方法。

気韻→そこに漂う雰囲気をも絵の中に表現。「気」は人間が感じ取れるエネルギーを指す。「気」功は現代になって初めて生まれた言葉。気功に似た体操は古代から存在する。気功における不老長寿は道教に由来している。

(ex.)張彦遠(唐)『歴代名画記』、郭熙(北宋)『早春図』、李成、范寬、関仝(北宋)、牧谿もっけい)(南宋

 

中国→親子墓別、夫婦墓一緒

日本→親子墓一緒

 

中国の生成論

→無から有が生まれる過程で、混沌(「もの」という形で対象を把握できない、「無名」の状況)とした世界が天と地に分かれて有が生まれる。その過程に造物主たる神は不要(cf.)第4講

中国の構造論

→道家:本来は混沌。無為自然。無の思想。

 儒家:本来有と無に分かれた状態。有為自然。有の思想。

 

老子第40章

天下万物有より生じ、有は無から生ず。

之を損し又損し、以って無為に至る。「損す」=限りなく削ること

無為にして為さざる無し。