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cradleの独り言

都内の某大学文学部に通う虚弱学生が綴るアングラな雑記。

伝統文化概論2(第6講)

(cf.)井筒俊彦『意識と本質』

儒家・道家→分節・本節はヨーロッパの思想とは異なる

(cf.)サルトルの『嘔吐』において、ヨーロッパ人は無意味な世界に不安を抱くとするが、中国人は無意味な世界では自由にのびのびと暮らせる。

 

(cf.)平川彰(仏教学者)

仏教は「空」の思想であり、あらゆるものにおいて固定的なものは何もなく、特定のものに執着することを忌避する。(cf.)諸行無常

 

『般若心経』

色は空に異ならず

空は色に異ならず

色即是空

空即是色

→後半の二行が万物が常に変化することを表す。色=物質

 

(cf.)宮本生尊(仏教学者)

儒教父親に対して親孝行

仏教→母親に対して親孝行

禅宗臨済宗→看話禅(中国語表記)只管打坐

   曹洞宗→黙照禅(中国語表記)

維摩経→在家仏教の一つ。漢訳とベトナム語の経典しかなかったが、近年インドで梵語の経典が発見された。

(cf.)島地黙雷浄土真宗本願寺派の僧

 

道学→儒教の一派。宋代に「自分たちの儒教こそが本当の「道」を明らかにする」と主張した。「有」の思想を提唱。

理学→「理」を概念として重要視した一派。朱熹も属す。陸九淵が初出。

宋学→宋代以後の儒学

易経』→『周易正義』(王弼(魏)と韓伯の注に孔穎達がさらに注をつけた)として編纂された。王弼と韓伯は玄学(道教)の影響を受けていたので、注に道家思想(「無」の思想など)の傾向が見られる。

程顥(明道先生)、程頤(伊川先生)→二程子

『易伝』→程頤が易経を「有」の世界で再解釈。

 

体用(『易経』由来)

体用一源、顕微無間。

気=用=顕

理=体=微

一つのものを二つに分けてとらえると、ものは「体」と「用」に分けられるが「体」と「用」はもともと一つである。「体用は一にして二(体用一而二)」。ものごとの法則や秩序は、全て「微」すなわち微かにしか感覚器官で捉えることはできず、目で認識できるのは「顕」のみである。

 

儒教→秩序を意識することで社会を安定させる。

道教→秩序を否定し、秩序から解放されることで社会は安定する。